2007年 06月 06日 ( 1 )

外からの目を持った私が久々に感じた東京は、物で溢れていた。
いつからこんなに豊かに成ったのだろう。
レストランも沢山在り、世界中の物がその場で殆ど手に入る。
何でも選ぶ事が出来、世界一だと思う。
ヨーロッパのブランド(他の名前在るメーカー品も)の商品は日本が一番種類(店舗が多い為)も多く、見た事の無い色まで揃っていたりする。
物が豊富で多くの中から選ぶ事の出来る日本が自慢で在ったけど、この何でもありのような物が溢れかえって居る今の日本なんだか違う意味でとても心配に成る。
誰でも何でも食べれて欲しい物も買える場所日本。何処からお金は来るのだろう?
レストランの数も種類も食材の豊富さも皆が贅沢な生活が出来て居る様にも見える、銀座に在ったレストランは何処も一杯で繁盛していた。デザートの種類も豊富なこと。世界でもこんな国他にはと思う、何でもなんでもナンデモ在る。

この何でも在る日本を不幸に見えるのは自分が変わったからなのか?それともやはり今の状況がちょっと異常なのか?豊かなのは良いけれど物が溢れ処分に困って居るのは困ると思う。なんであんなに物が在るんだろう?

世界中の物が何でも集まっていて買える日本。選んで買えると言う事は良い事だけど全てが全てそうなので心配に不安に成る。
優れて居るのか、行き過ぎなのか。

もうコンクリートの上ばかりを歩いて居たくないから、東京に居なくって良かったって思えるそれでも其処に戻れる私だから選択出来て居るのは私の方なのかもしれない。
日本の良さって別に在ったような気がする。日本のかほりを余り感じられなく成った、東京に居るとどんな所の物も手に入るのでその場の良さも分からなく成りそうに成った。
人々も皆が同じに見えた、お店の店員の人々が機械的に感じた。

そして世界中の何処よりも明るい(電気で)所だと思う、それが普通に成って居る所でもある。眩し過ぎて苦しく成った、夜でも闇を感じずにあれでは疲れる思う。

昔の日本に会いたく成った。個々がお洒落を楽しむような大量生産でない時の時代に。でもその時は今程公平で平和ではなかったのかもしれない。
なんて恵まれて居る場所なのだろう日本。東京って凄いと思う、もう住みたいとは思わないけれど、だけど東京が好き。きっとそれも私の一部なのだと思う都会っ子だったから。

東京は暑かった、コンクリートのせいも電気の光のせいも車の多さも在るのかもしれない。
不思議に思ったのはリサイクルマークは付いていても夫々のリサイクルを収集していない県や市が多いってこと。リサイクルなのにリサイクルしていない(燃やされたりしてる)。

嬉しかったのはエゴロジーカー(エコ車)も多く見掛けた事。そして(日本は)洗練された美しさが在る場所である事。
がっかりしたのはお洒落な人もいるけれどラフ過ぎる格好で出歩いて居る人が多く何処の街も家の中も同一化して来て居る事。銀座って昔は大人の街だったのに。


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22年振りに前髪を作る。
似合わないらしく(これでない方が良いらしく)気付く振りさえしてくれない正直な人達も居た、そう言う正直な答えが感謝に思う。父さえどうかな?っと聞いてもなんだか誤摩化して褒めてはくれなかった、母さんは慰めでお人形みたいだからまあかわいいのでないかでもまた直ぐの伸びるからねと言ってくれた。また伸ばします。なんだか髪型で無いような気もして来た年を取って来て可愛らしさが無くなっただけだと思うような、久々に見掛ける人は其処に気付くよね。
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by dutelovecat | 2007-06-06 01:58 | "shizu" 思ったこと